チャオログ

もろもろのはなし。文脈から切り離されたなにか。思考のログ。8割はうそ。

今思ってることはとにかく今記録しておかなくちゃ

私がもともとはてなブログを始めたいと思った大きなきっかけのひとつは、オタク文化圏の人が好きなものを好きなだけ語る場所に憧れたからというのがあります。ジャニヲタの人の、そのアイドルのことをいかに好きかを語る熱量と文章力に圧倒されて、読むのも好きだったし自分も書いてみたくて。

手越くんの一件があって、それについてまたまたすごい文章力で愛を綴っているブログやツイートを読むのも好きなんだけど、同時に、2020年4月以前、つまりこういうことが起こる前に、手放しで手越くんへの愛を叫んでいたブログを最近ちまちま読んでいました。悪趣味だなあって思われるかもしれないけど、私的には「そのときにしか書けなかった文章」を掘り起こすのが好きなんだと思います。そのときに書いた気持ちがそのまま圧縮されていて、読み返すとzip解凍みたいにそのときの気持ちが生のまま取り出せるみたいですごい。そのときに思っていたことって何か起こってからはもう絶対に正確な言葉では言い表せないから。同じ「好き」でも、「でも好き」「まだ好き」「嫌いになれない」「前よりもっと好き」「この部分が好きだったけど今は違う部分が好き」みたく、形が変わった好きになることはたくさんある。

 

同じ「好き」でもレイヤーが変わった「好き」になることはあるし、好きと嫌いの間にグラデーションはかなりあるし、人生は不可逆だし。だから私も今思ってることは今書いておきたいなーとしみじみ思いました。インターネットに自分の書いたものを晒すからには、素人すぎて書けないな…と思って躊躇してしまうこともたくさんあるけど、でも、そのとき書かなかった気持ちって大体風化していく。そのときの気持ちはそのときの自分にしか書けなかったのにって思う。もったいないことしたな、って思うことも多くて、だから、わからないなりに語りたいこと、よく知らないけどこの部分についてはこう思ってるって残しておきたいことも、なんらかの形で記録しておきたいなと思った(このサブブログはそういうことを書くために作ったんだった)

 

話はちょっと変わるんだけど。

私は人が何かを強烈に嫌いになるとか、すごく好きだったものに「飽きる」という人間の心理に前から興味があって(自分自身にそういう経験がいくつかあるからです)、そういうことをきちんと言葉にしてる文章って注意深く探さないとインターネットでは見つけにくい。好きなものは好きなだけ語っていいけど、何かを嫌いであることについて上手に書くことって難しいしあまり共有されてないのかなと思ったり。

でも「私はなんでこれが嫌いなのか」をうまく語れるようになると、同じようにそれを嫌いで困ってる人の助けになるかもしれないし、適切に感情を整理することで、その嫌いなものに対してどう冷静に向き合うかの補助にもなる気がする。人間は怒ったり諦めたり嫌ったり飽きたりする生き物だと普通に思ってて、でもそういう感情ってあまり(特にインターネットでは)歓迎されないから、だからこそ私は他人のそういう感情の動きをもっと知りたくて、強く興味がある。自分と同じような経験をしたことがある人を探して、うまく言語化してくれている人のエントリやツイートを見て救われたことが何回もある。「自分だけじゃないんだ」って知れるだけで悩み事が悩み事ですらなくなることって結構あると思ってて、そういうテキストにもっと出会いたい。

 

好きな気持ちも、嫌いな気持ちも、その中間にある気持ちも、今の自分にしか書けないんだよなあ。今日好きな映画も5年後観たら全然好きじゃないかも、逆も多分ある。だからこそ書いておきたいな。