チャオログ

もろもろのはなし。文脈から切り離されたなにか。思考のログ。8割はうそ。

人権を肯定されるということ

少し前の話になるが、日本で成人年齢の引き下げとともに、婚姻可能年齢が男女とも18歳に統一される、というニュースが世に出て、わたしは仕事中になんとなくツイッターを開いてそのことを知ったのだけど、ニュースを読んだ瞬間ぼろぼろ泣いてしまって自分でもびっくりした。

 

あ、これかー と思った。

 

いろんなニュースのことが頭に浮かんだ。オバマ大統領が初めて大統領選に当選したとき、目を閉じて涙を流しながら噛み締めるようにスピーチを聞いていた黒人のおじいさんの顔。同性婚が合法化された国で、自身がレズビアンの女性議員がガッツポーズしたあと肩を震わせて泣いていたこと。

 

こういう気持ちだったのかー、と思った。国から肯定されるということがこんなに力強く自分の尊厳を高めてくれることだとは思いもしなかった。

 

別に日本で女の子が16歳から結婚できることって、誰かの死に繋がるほどの壊滅的に酷な法律でない以上、積極的に変わることはないんじゃないかなーと思っていた。でも、小学校でも中学校でも高校でも、社会の授業でこのことを習うたびに、先生から「今の時代となってはそんなに合理的な理由はないんだけど…」みたいな説明を受けるたびに、いやいやいやいや、と思っていた。別にいいけど、別に16歳になったら強制的に結婚しろって言われてるわけじゃないけど、でもでも。

 

だから国が婚姻可能年齢を統一します、って決めたとき、まず「できるんだ!!!」って思った 笑

それから、“あるべき姿になった”んだなあと思った。本来こうあるべきだったことを、時代と共に合わせていっただけのこと。正しい判断だと思う。国、ありがとう。

 

そして、こういう些細な(?)不平等が毎日のことのように起こる世の中なので、麻痺していたけど、毎日、少しずつ、女の子の尊厳を削ってたんだなーと思ったし、そういうことって多分たくさんある。でも、婚姻可能年齢の統一は、そういうことを突きつけてくれた上に「政治というのは世の中をより良くするためのもので、私たちは社会をより良くするために生きてる」ということをなんだか突然つよくつよく思ったのだった。

 

キングダムという漫画の中に、「法とは何か?」を問うシーンがある。「刑罰をもって人を律し治めるものだ」と答える相手に、それは違うと言い、「“法”とは願い!国家がその国民に望む人間の在り方の理想を形にしたものだ!」と答える。婚姻可能年齢統一のニュースを見たときにもこのセリフを思い出した。

 

わたしはわたしの国にどのように在ってほしいだろう?と考える。わたしは、若者で女でアジア人なので、大体世界のどこにいても差別される側に立つことが多いのだけど、でも、国籍を持ってる国で暮らしてる(移民じゃない)しヘテロセクシュアルLGBTじゃない)なので、マジョリティ側に立つこともある。その上で、わたしは、移民の親子が強制的に引き剥がされるような国であってほしくないし、LGBTは生産的でないとか言う国であってほしくないと本当に思う。国家と法から否定されるというのは、本当につらいことで、それは人権やアイデンティティや尊厳と密接に繋がる話で、国民の一部しか国から肯定されていないというのはよくない。よくない。そういう国であってはいけない。わたしは、すべての人が平等で対等で自由で、愛する人と幸せに生きる国の中で生きていたいし、そういう人たちと一緒に社会をつくりたいし、国と法と政治は、こういう願いを反映したものであってほしい。

 

みたいなことを思う。うまく言えない。わたしは、国が、婚姻可能年齢を統一すると決めたとき、男女は対等ですと国が宣言してくれたようですんごく嬉しかった。そういうことってあんまり経験がないから。でも、こういう一歩を積み重ねて、今日よりもベターな明日を作ることが政治家の仕事だし、わたしたちの生きる目的のひとつでもあると、わたしは思うので、目の前のできることから、手の届く範囲で、ひとつずつ。一歩ずつ。

 

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